珍しく、娘あるじが吾輩の世話をやいている。いつもはテニス、そして仕事で忙しくしていて、吾輩のことなんぞは女あるじにまかせっぱなしなのにと、それとなく上目遣いに訊いてみると、娘あるじは、「まあ、クウちゃんちょっと聞いてよ。ほんといい気なものなのだから、わたしが学期末と転勤でこんなに毎晩遅くなっているのに、なんとグアムに旅行に出かけているのよ。クウちゃんの世話もみんな押しつけて信じられないでしょう。土曜、日曜もゆっくりとテニスもできやしないわ」とむくれた。
 吾輩は、吾輩の世話を押しつけられたなんてことばにおおいにむくれたくなった。吾輩はストレスを癒す、この家ではかけがえのない存在だったのではないのか。これでは癒し犬の名が廃るというものだ。ましてやテニスで忙しいので吾輩の世話ができないときては頭にくる。そこで、「ワンワン、ワーン」と吠えてやったら、娘あるじは吾輩のご機嫌斜めなのに気がついたと見えて、
「このメールを見てよ。良い歳をしてビーチでパンツ一丁で寝そべっているのよ。背景には白い砂浜と青い海が写っているようだわ。ほんと、頭いやどたまににくるわ」と憤懣やるかたない風情だ。
 吾輩は、グアムというのがどこにあるか、日本からどのくらい離れているか知らないので、頭を低くして娘あるじのお怒りをやり過ごした。娘あるじの説明では、グアムは南太平洋にあるリゾート地で、空路3時間半程度のところにあるらしい。若者たちが、ダイビングなどマリンスポーツに出かけるという。面積は淡路島くらいで人口は16万人、アメリカの準州だそうだ。かつて、太平洋戦争中、日本軍がアメリカ軍を追い出してこの島を占領した。もっともサイパンが陥落すると、すぐに奪回されてしまった。あの横井正一さんが終戦から28年たってジャングルの逃亡生活からようやく帰還したことでも有名だという。そのとき56歳になっていた。
 吾輩は、男あるじと女あるじがなんでこの島に遊びに出かけたのかいぶかった。マリンスポーツには歳を取りすぎている。それこそ年寄りの冷や水になりかねない。
 娘あるじは、大学時代の旧友がパラオで日本語とプログラミングを教えるためにJICA から派遣されているので、パラオに隣接するグアムに鍋の会のみんなで出かけることにしたと、グアム行きの経緯を話した。在職中の当時は、男あるじたちは鍋の会というのをつくり、年に何回か鍋を囲み、女子会ならぬオジサン会をして、あーでもないこーでもないと学部や大学運営の悪口を言っていたらしい。まあ、ストレスのはけ口だったのだろう。もっとも、男あるじを見ているとお気楽な大学生活を送っていたらしいので、大学にストレスがあるようにはとうてい思えない。
 娘あるじも、
「まったくだわ。わたしの小学校勤務とは雲泥の差だわ。トイレに行く暇もないくらいに生徒達から目を離さないように、また悪さをする子ども達を叱咤し続けているのに。あまつさえ、鍋の会とはあきれるわ。もっとも、こちらも女子会は怠らないけれどもね」と話して立ち去った。
 吾輩は、どちらもどちらだな、まあ、愚痴は絶えないが、好きなように、元気に働いているようでけっこうなことだと感じた。

「紺碧の空と波間のシュノーケル」 敬鬼

徒然随想

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